放送 5

CATVのデジタル化は、衛星デジタル放送と同等の多チャンネル化やビデオ・オン・ディマンド(VOD)の実施、さらに情報提供サービス(通信サービスも含む)への事業展開など、将来のCATVの大きな飛躍のために必要な課題です。


現在の放送デジタル化の騒動は、海外のデジタル化の動きに遅れをとらないためと、多チャンネル放送の普及を前提にした議論と見てよいでしょう。


CATVを含めたデジタル化の動きは、郵政省、製造メーカー、衛星デジタル放送事業者のそれぞれの思惑にのみ終わる恐れが強いのではないでしょうか。

放送に関して 3

CATVにとってのデジタル化の必要な時期は、視聴者が100から200チャンネルの放送番組を自由に選択できることにメリットを認める時、CATV網の双方向通信(情報提供も含む)が十分利用される時、TV受信機がデジタル対応となる時、と言えます。


CATVのデジタル化は、多チャンネルの普及や地上波のデジタル化、受信機のデジタル化などの動向によって自ずと決まってきます。


放送業界の競争は、放送事業者間の視聴率競争や広告宣伝収入の獲得競争でした。


しかし、デジタル化や多チャンネル化の動きで、製造メーカーや番組提供事業に新たに参入する事業者を巻き込んだ大競争時代を予感させるものでした。

放送 3

CATVのデジタル化は、郵政省の技術審議会で一定の答申が出され、デジタルCATVシステムの試作は各メーカで進んでいました。


しかし、商用化はまだです。


さらには、ホーム・ターミナルとしてセットトップ・ボックスの開発が始まった段階であり、その中身も衛星デジタル放送受信機を少し改良したものがベースになる方向です。


CATVのデジタル化は多チャンネル化時代に如何に対応するかが鍵を握っていました。


現状では、杉並ケーブルテレビや鹿児島有線テレビがデジタル化への意向を示していました。

放送 2

CATV事業は、ここ数年間、大きな飛躍を続けていました。


衛星デジタル放送の普及が、番組コンテンツの充実や有料放送の浸透などをもたらすこととなれば、CATV事業の更なる発展にも大きく貢献すると期待できます。


衛星デジタル放送や地上波のデジタル化など、放送業界では一気にデジタル化の波が押し寄せていました。


デジタル化については異論のない所ででしたが、地上波やCATV業界にとっては莫大な設備投資が必要となるため、動きは鈍いと見られていました。

放送 1

CATVは、地上波などの再送信で支えられているといっても過言ではありません。


衛星放送は、ペイ・パー・ビュー放送や各種の専門チャンネルなど個人の嗜好にあわせた多チャンネルを放送し、全国から広く視聴者を集めることにより普及する事業と見てよいでしょう。


一方、CATVはいわばエリア放送であり、エリア内の普及が課題です。


このため、衛星デジタル放送は、地上波TVやCATV放送に取って変わるものでなく、地上波やCATV視聴を補完する放送と見るのが妥当ではないでしょうか。

犬のしつけ( `・ω・´)

「スワレ」をおぼえたら、次の展開として「マテ」を教えます。

「スワレ」、「マテ」は訓練のかたちとしての基本ですから、しっかりマスターさせましょう。

パターンとしては

1.すわって「マテ」、2.立って「マテ」がありますが、どんな場合も静止してじっと待つことを教えます。

しっかりしつけて、無駄吠え防止に備えましょう。

●すわって「マテ」の教えかた
1.犬をすわらせて対面。この時ヒモはゆるめて、首輪の近くを持ち、犬が勝手な方向に行かないようにする。

2.左手を犬の目の前に押し出し「マテ」。静止させたら、ヒモを持って犬から静かに、少し離れる。

その間わずかでもじっと待つことができたらほめてやる。

この時、犬が動いたら「イケナイ」と一戻り、一からやり直す。

動いた地点であわててやり直さず、必ずもとの位置に戻し、待つことの意味を教えるのがポイント。

ヒモつきの対面で「マテ」ができるようになったら、ヒモをはずして訓練します。

「スワレ」、「マテ」をかけ、対面したまま数メートル離れます。

再度「マテ」をかけ、わずかでもじっと待っていられたら、犬のところへ帰り、ほめてやります。

もし、動いたらもとの位置に戻してやり直します。

対面の場合と同じように、最初はヒモつきから始め、できたらヒモなしで訓練し、徐々に離れる距離を伸ばしていきます。

医薬品のひとつ

ペニシリンは、第二次世界大戦中、チャーチル英首相の肺炎を2日で治したことで一躍有名になったものだが、戦後、DDTなどといっしょに、米軍によって日本に持ち込まれた医薬品のひとつでした。


そして、その驚異的な効き目は当時の国民に衝撃をあたえ・・・


すでに占領軍向けの生産を許可されていた森永薬品、万有製薬に加え、この年には40数社が製造に当たっています。


したがって、「ビール工場の一角で生れたペニシリン」というのも、一見、不思議な感じをあたえるが・・・


これは、当時の大日本ビール(現アサヒビールとサッポロビールの前身)の系列会社、大日本ビタミン製薬が製造したペニシリンだったからです。


この頃にはまだ初心者 サーフィンスクールのようなものがなく、サーフィンをする人も少なかったようですね。

昔のって結構気になる その12

前回の続き(^o^)ノ < こんちわー


「仕事の上ではタレントとディレクターという関係でクールに割り切っていこうと話い合い"センセイ、これはどうしたらいいですか?"と聞くと"山下君、これはこうしたらどう"と答えるといった調子です。


だからずいぶん仕事には厳しいひとのように見間違えられました」


と、6歳から芸に生きた父親のユニークな生き方を懐かしんだそうです。


台所が主な舞台で、お手伝いさんが主役、しかも女主人公役を男性が演じ、原作の漫画をリードしたホームドラマ「おトラさん」にしたのは、柳家金語楼という多才な芸人が存在していたからだろうと思われます。

昔のって結構気になる その11

まだまだ続きます。「おトラさん」について(^o^)ノ


若水ヤエ子のおヤエさん、小桜京子のおマメさん、柳沢真一のいも長、木田三千雄のひつじさん、平凡太郎の平さん、谷村昌彦の山崎屋の御用聞き、童謡歌手だった川田孝子のお嬢さんなど、いまでも当時のレギュラーの人気タレントが眼前に浮かんでくる。


金語楼の長男・山下武氏(現・テレビ朝日教養局)は、おやじの「おトラさん」の演出を半年ほど担当しました。

昔のって結構気になる その10

当時の番組で、それほど「おトラさん」の人気はものすごく、両局の間を休みなく移り変わったそうです。


当時金語楼のマネジャーだった白川三根子さん(現・金星プロ社長)は「『主婦の友』に連載されていた『おトラさん』をやりたかった会長(金語楼)は、自分で特製のカツラの注文をし、おトラさんに似せるよう工夫した。


まだテレビが普及していないときで、テレビ受像機を持っているウチはおトラさんのような強いばあやさんがいたので、現実感があったのではないですか」と、当時の世相と番組の人気をだぶらせています。

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